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一点堂
ITTENDO

慶長小判

Keichō Koban ・ 別称: 慶長金

系列
江戸小判(一両金貨)
額面
一両
時期
慶長6年(1601年)鋳造開始 — 元禄8年(1695年)改鋳まで約95年

更新: 2026-09-02

規格

項目種別出典
品位・量目(図録)84% / 18g / 1601年図録の値[1]
規定品位(金座史料・初期)52.2勾位=84.29%史料の記載[2]
規定品位(後期・見増の位)50.7勾位=86.8%史料の記載[2]
実測品位(XRF・9点)83.6〜86.5%(平均85.4%)実測[2]
実測量目・寸法(9点)17.70〜17.75g / 69.8〜73.5 × 38.1〜39.2mm実測[2]
明治期布告値85.69%史料の記載[2]

事実貨幣博物館 常設展示図録の記載は品位84%・量目18g(いずれも丸め値)・1601年。[1]

事実金座史料の系列では、規定品位(製造上の標準品位)は 52.2 勾位=84.29%。江戸時代の金座は品位を「勾位」で表し、百分比は (44/勾位)×100 で換算される。[2]

事実同じ史料系列は、三代目後藤庄三郎(1641年就任)の頃から高目の 50.7 勾位=86.8%(「見増の位」)が標準になったと記す。[2]

実測日本銀行金融研究所所蔵の標本 9 点の非破壊分析(電子線励起X線分析)では、金成分は 83.6〜86.5%(平均 85.4%・標準偏差 0.9)。[2]

実測同標本 9 点の実測は量目 17.70〜17.75g・縦 69.8〜73.5mm・横 38.1〜39.2mm(図録の 18g は丸め値)。[2]

事実明治政府の系列(明治7年 太政官布告第93号)は造幣寮の分析として 85.69% を掲げる。文献規定・実測・明治期布告は別系列の値であり、一つの「正解値」へ統合しない。[2]

実物の識別

事実表面には茣蓙目(小判表面に打刻された横線)が走る。慶長小判には 1cm 当たり 20 本以上の密なものと 5〜6 本の粗なものがあり、元禄以降の小判は概ね粗い(4〜8 本程度)。[2]

事実表面には「光次」の文字の極印が打たれる。これは初代・庄三郎光次の名で、二代目以降も金座後藤家の証としてこの文字が使われた。[2]

事実裏面の金座検印は、慶長小判では位置・個数が一定せず、元禄以降は左 2 個に定着している。[2]

推定茣蓙目の密→粗、検印の不定→左2個への定着という変化から鋳造時期を推定する仮説があるが、論文自身が「直接の証拠はなく仮説にすぎない」と明記している。[2]

変種・時期区分

解釈独立貨種としての変種は登録していない。「前期(84.29%)/後期(86.8%・見増の位)」は品位標準の変遷に基づく時期区分(PERIOD ATTRIBUTION)であり、外見からの個体の帰属は上記のとおり仮説段階。独立 VARIETY として扱うには典拠が足りない。[2]

歴史的文脈

事実江戸時代の代表的金貨である小判は、慶長小判から幕末の万延小判まで、常に一両として基準貨幣の地位にあった。[2]

事実幕府は小判の品位を一切公表しなかったため、当時の民間では正確な品位を知ることはできなかった。[2]

事実慶長小判と万延小判を比べると、1両の重さは約 6 分の 1 に減り、含まれる金の量は約 90%(9 割)減った(図録)。[1]

製法

事実鋳造は金座(後藤家)が担った。表面の茣蓙目は打刻による。[2]

推定製造最終工程の「色揚げ」(表面の銀分を消失させ金濃度を高める処理)が慶長小判でも行われていた可能性が、今回の分析から指摘されている(古記録で確認できるのは元禄以降)。[2]

真贋上の注意

解釈「光次」極印と茣蓙目は研究上の判別基準として扱われているが、単独の特徴だけで真贋を断定できる手掛かりは知られていない。実物の鑑定は複数の特徴と来歴の総合判断であり、第三者鑑定機関のグレードは状態評価であって、それ自体が歴史的帰属の証明ではない。本項は教育目的の識別情報である。[2]

未解決の研究論点

解釈規定品位には「初期 84.3% → 1641 年頃から 86.8%」とする変遷説と、当初から 50.7 勾位(86.8%)とする説(田谷 1973)が併存する。[2]

解釈鋳造時期による品位差の検証には初期鋳造と後期鋳造の区分が必要だが、外見からの区分は確立していない。[2]

解釈鋳造高・現存数について、確定的な一次記録は本記録の参照資料からは確認できていない。「分からない」を推定値で埋めない。

落札記録

この貨種と確認できた落札記録はまだありません。同じ種類全体の相場中央値をこの貨種の価格として示すことはしません。確認でき次第、オークションハウス・開催・日付・ロット・グレード・落札価格(手数料込/抜)・出典 URL・確認日を添えてここに掲載します。

参照資料

  1. [1]貨幣博物館 常設展示図録(江戸の金貨・改鋳)(日本銀行金融研究所 貨幣博物館)https://www.imes.boj.or.jp/cm/collection/tenjizuroku/mod/book/pageindices/index43.html参照日: 2026-09-02
  2. [2]上田道男 江戸期小判の品位をめぐる問題と非破壊分析結果について(金融研究 第12巻第2号(日本銀行金融研究所)、1993)https://www.imes.boj.or.jp/research/papers/japanese/kk12-2-4.pdf参照日: 2026-09-02金座史料(座方算法・金位并金吹方手続書・吾職秘鑑)・明治7年太政官布告第93号・田谷[1973]等の規定品位比較(第1表)、日銀所蔵標本の実測(第3表)、電子線励起X線分析(第4表)を含む。これらの内部引用は本論文経由の孫引きとして本項に束ねる 一次史料名の言及だけでは TIER A へ昇格させない(TASK 6)。