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旧20円金貨(明治3年) — 龍紋を刻んだ近代日本最高額の金貨、明治の国家意志を象徴する一枚
近代金貨古銭ストーリー2026年4月30日

旧20円金貨(明治3年) — 近代日本の「金本位」を刻んだ最高額金貨

戊辰戦争の傷痕から生まれた新貨条例と大阪造幣局、幻の明治3年銘をめぐる物語

対象貨幣: 旧20円金貨

概要

旧20円金貨は、明治政府が明治4年(1871年)5月に制定した新貨条例に基づいて鋳造された近代日本の最高額面金貨である。金品位.900、重量33.33g、直径35.1mmという規格で、表面には精緻な龍紋、裏面には菊の紋章と「二十圓」の文字が刻まれた。

この金貨が誕生した背景には、戊辰戦争後の貨幣制度の混乱がある。幕末から明治初期にかけて諸藩が発行した藩札・不換紙幣・各種古銭が並立し、商取引の障害となっていた。新政府は近代的な統一貨幣制度の確立を急務とし、財務官僚・大隈重信が中心となって西洋の十進法を採用した新貨条例を立案した。

最高額面として設定された旧20円金貨は、日本が国際金本位制に参入する意志を内外に示す「国家の名刺」でもあった。中でも明治3年銘(1870年)は、大阪造幣局の公式開局前に試鋳・準備段階で製造されたとみられる極めて希少な存在であり、現代の収集市場では国宝級の扱いを受ける。

本稿では戊辰戦争と通貨の混乱、大隈重信と新貨条例の設計、大阪造幣局の開設と西洋技術の導入、そして明治3年銘という「幻の金貨」の謎を物語形式で追う。

基本スペック

額面
20円
鋳造期間
明治3年〜13年(1870〜1880)
金属組成
金(品位.900)
量目
33.33g
寸法
直径35.1mm
鋳造枚数
全体で約15万枚(うち明治3年銘は数十枚以下と推定。諸説あり)
鋳造責任者
大阪造幣局(外国人技師の指導下に製造)
市場相場
明治3年銘は500万円〜数千万円(市場希少。鑑定書必須)。通常品50万〜500万円

戊辰戦争と通貨の混乱 — 「新しい日本」への経済基盤

明治維新直後の貨幣流通 — 藩札・古銭・金貨が混在した激動期の日本経済

慶応4年(1868年)1月の鳥羽・伏見の戦いで火蓋が切られた戊辰戦争は、同年末の箱館・五稜郭の陥落まで1年以上続いた。新政府は内戦の費用を賄うため太政官札(だじょうかんさつ)と呼ばれる不換紙幣を大量発行し、旧幕府期から続く経済混乱をさらに深めた。

幕末の日本にはすでに深刻な貨幣の混乱があった。各藩が独自に発行した藩札は数百種類に及び、品位・交換条件もまちまちであった。幕府の旧来の金銀銭三貨制度(慶長小判・丁銀・寛永通宝に代表される体系)は、万延改鋳(1860年)以降の金品位低下によって信頼が揺らいでいた。外国貿易が始まった安政期以降は、メキシコ銀貨や外国金貨も国内に流入し、貨幣制度はさらに複雑化していた。

新政府の財政を担った大蔵省(明治2年=1869年設置)の若手官僚たちは、この混乱の打開策として「西洋式の統一貨幣制度」を構想した。参考にしたのは主にアメリカの金貨制度と欧州の金本位制である。10進法を採用した単純な計算体系、一定の金・銀含有量に基づく品位保証、そして国内で鋳造する近代的な造幣所の設立が構想の三本柱であった。

戊辰戦争後の廃藩置県(明治4年=1871年)を前後して、諸藩の藩札回収も急務となった。旧来の金銀銭と新紙幣・新硬貨を整合させる貨幣制度改革は、明治政府の国家形成において軍制・外交と並ぶ最重要課題のひとつとして位置付けられた。

大隈重信と新貨条例 — 近代貨幣制度の設計

大隈重信 — 新貨条例を立案した明治の財務官僚、近代日本の貨幣制度の設計者

明治政府の貨幣制度改革の中心人物が、肥前藩(佐賀藩)出身の大隈重信(おおくましげのぶ)である。明治2年(1869年)に大蔵大輔(おおくらたいふ)に就任した大隈は、当時わずか31歳であった。若き財務官僚として欧米の経済制度を貪欲に研究し、新しい貨幣制度の設計に取り組んだ。

大隈が参照したのは主に米国のコイン・アクト(1792年)とフランス語圏の金銀複本位制であった。彼が目指したのは、複雑な両替計算を不要にする十進法体系——1円=100銭=1000厘——と、国際相場に連動する金本位制の確立であった。当時の幕末・明治初期に諸外国で普及していた金本位制(英国が1816年に確立)への参入は、日本が近代国家として認められるための条件でもあった。

明治4年(1871年)5月10日、「新貨条例(しんかじょうれい)」が布告された。金を本位とし、1円=純金1.5g(金品位.900の場合、約1.67g相当の金貨)という基準が設定された。金貨は20円・10円・5円・2円・1円の5種類、銀貨・銅貨も補助貨幣として発行された。最高額面の20円金貨は、国際金融市場における日本の信用力を示す「看板商品」として位置付けられた。

新貨条例の施行は日本の経済近代化の画期であった。大隈はその後も財政政策に関与し、明治14年(1881年)の政変で政府を追われるまで近代日本の経済基盤構築に尽力した。近代金貨・銀貨の歴史は大隈の構想を出発点としている。

大阪造幣局の開設 — 西洋技術が生んだ龍紋金貨

明治初期の大阪造幣局 — 外国人技師の指導下に近代的設備で金貨を鋳造する工場

新貨条例の実施には、近代的な設備を持つ造幣所が不可欠だった。明治政府は香港の造幣局(Royal Hong Kong Mint)から製造設備一式を購入し、大坂(大阪)に新しい造幣局を設立することを決定した。

明治4年(1871年)4月4日、大阪造幣局(当初の名称は造幣寮)が正式に開局した。大坂の旧緒方洪庵邸付近に建設された局舎には、蒸気機関を動力とする圧延機・切断機・打刻機など最新の西洋式製造機械が設置された。初代造幣頭(局長格)には後藤象二郎が任じられ、外国人技師がキンダー(Thomas William Kinder、英国人技師)を中心として技術指導にあたった。

旧20円金貨のデザインは、表面に「大日本」と年号を記した龍紋、裏面に菊花紋と額面「二十圓」を刻む構成である。龍は日本古来の吉祥文様であると同時に、西洋の硬貨デザインにも見られる勇壮なモチーフであり、東西のデザイン言語を融合した意匠といえる。重量33.33g・金品位.900という規格は、当時の国際金貨(英国のソブリン金貨、米国の20ドル金貨)に準拠した設計であった。

旧20円金貨は明治金貨シリーズの中で最大・最高額の存在であり、大阪造幣局の技術力を国内外に示す「見本硬貨」的な意義を持った。発行総数は約15万枚とされ、明治3年から13年の10年間にわたって鋳造されたが、各年の発行数には大きな差がある。

明治3年銘の謎 — 試鋳から幻の金貨へ

旧20円金貨の明治3年銘 — 大阪造幣局開局前の試鋳品とされる極希少な金貨の展示品

旧20円金貨の中でも特別な地位を占めるのが、「明治三年」銘の個体である。大阪造幣局の公式開局は明治4年(1871年)4月であり、明治3年(1870年)の時点では局舎の建設・設備の据付・試運転が進められていた段階に相当する。にもかかわらず、「明治三年」と刻まれた旧20円金貨が現代の収集市場に一定数(推定で数十枚以下)存在することが確認されている。

この明治3年銘が生まれた経緯については諸説ある。有力な説のひとつは、造幣局の本格稼働前に行われた試鋳・プルーフ打ちで製造された「試作品」あるいは「検証用サンプル」であるというものである。造幣設備の性能試験や、政府への報告用サンプルとして少数が製造された可能性が指摘される(この経緯は文献により記述が異なり、確定的ではない)。

もうひとつの説は、明治3年内に一部の製造工程が別施設で先行して行われたという可能性である。当時の明治政府は貨幣制度の確立を急いでおり、公式開局前に一部試験製造を実施した可能性を完全には排除できない。いずれにせよ、明治3年銘の旧20円金貨は極めて少数しか現存せず、その来歴を完全に証明する公文書も現時点では確認されていない。

現代の収集市場では、明治3年銘の旧20円金貨は鑑定書付きの確認品がごく少数流通するのみで、状態の良い個体は500万円を超えることも珍しくない。米国のヘリテージ・オークションズ(Heritage Auctions)などに出品された記録もあり、国際的な日本古銭収集家の間でも最高ランクの希少品として認知されている。

価値と希少性

旧20円金貨の収集市場における評価は、年号・状態・鑑定グレードの三要素で大きく決まる。

最も稀少で高額なのが「明治三年」銘である。現存が確認されているのは数十枚以下(推定)とされ、鑑定機関(PCGS・NGC・日本の専門機関)の鑑定書が必須となる。状態良好な確認品は500万円〜数千万円の評価に達し、世界的な古銭オークションでも注目される銘柄である。

「明治四年〜明治十三年」の通常品については、状態(グレード)により相場が大きく変わる。並品(F〜VF相当、ディテールに磨耗)で50万〜150万円、美品(EF相当、細部が鮮明)で200万〜400万円、極美品(AU〜UNC相当、ほぼ未使用)は500万円以上に達することがある。金含有量(33.33g × .900 = 約30g純金)の地金価値は現在の金価格(約13,000円/g)換算で約39万円となり、コレクタープレミアムが地金価値の10倍以上になる点が注目される。

旧20円金貨の価値を高める背景として、欧米の日本古銭コレクターからの需要増加がある。2020年代に入り、Heritage Auctions・Stack's Bowersなどの国際オークションでの落札額が上昇しており、長期的な需要は堅調とみられる。

投資・保有の観点では、通常品(明治4〜13年)でも地金価値に加えて相当のコレクター価値が認められ、適切な保管(湿度管理・ケース密閉)のもとで長期保有に適した銘柄といえる。市場相場の推移を定期的に確認することを推奨する。

まとめ

旧20円金貨は、戊辰戦争の混乱から立ち上がった明治政府が「近代国家の証明」として鋳造した金貨である。大隈重信の構想した新貨条例、大阪造幣局に導入された西洋技術、そして龍紋に刻まれた日本の国家意志——この一枚に明治維新の経済的本質が凝縮されている。

中でも明治3年銘は、近代日本の夜明けの瞬間に製造された「幻の証人」として唯一無二の価値を持つ。通常品においても地金価値を大きく超えるコレクタープレミアムが認められ、長期保有の観点から高い投資妥当性がある銘柄である。

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