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インタビュー

町の古銭店主に聞く — 30年で見えた日本の貨幣文化

上野アメ横で30年、古銭専門店「泉貨堂」を営む田中誠司氏が語る、市場の変化・日本人と貨幣の関係・初心者へのメッセージ

上野アメ横の古銭専門店「泉貨堂」店主・田中誠司氏が並べた江戸期小判と穴銭のコレクション

上野アメ横で30年以上古銭専門店を営む田中誠司氏に、市場の変化・お客層の推移・日本人と貨幣の関係について語ってもらった。バブル崩壊から2020年代のデジタル世代の台頭まで、現場で見続けたベテランの証言は、日本の貨幣文化を立体的に照らし出す。

縁日の古銭が人生を変えた — 30年前の入り口

田中氏が古銭の世界に入ったのは1993年、まだバブルの残り香が漂う東京だった。「最初のきっかけは、小学校の頃に祖父から渡された寛永通宝でした。表の『寛永通寳』の4文字が、いまの百円玉と全く別の重みを持っているように感じた。文字の形が一枚ごとにわずかに違う。それが気になって仕方なかった」と田中氏は振り返る。

大学卒業後は一般企業に就職したが、週末はアメ横の古銭商を回り続け、28歳のときに思い切って独立。資金の大半を寛永通宝の仕入れに注ぎ込み、「泉貨堂」の看板を掲げた。「最初は食べられるか心配でした。でも古銭の世界には、一枚の貨幣を通じて歴史と対話する特別な感覚があって、それが自分の軸になった」。

1993年当時の市場は、バブル期の高騰の後を引いた相場が続いていた。慶長金貨の一流品が一枚1000万円を超えることも珍しくなく、田中氏は「あの頃は投機目的のお客さんが多くて、古銭を愛でるより値段ばかりを話す場面が多かった。自分はその流れに乗り切れなかった」と語る。しかしその慎重さが、後のバブル崩壊でも店を守ることになった。

バブル崩壊とデフレ30年 — 市場の潮目を現場で体感した

1990年代後半から2000年代にかけて、古銭市場は一度大きく沈んだ。「バブルで買い込んだお客さんが処分に来る。相場の半分以下でも売りたいという方が続いた時期がありました。2000年前後は本当に静かな市場でした」と田中氏は言う。

その静けさの中で田中氏が気づいたのは、価格変動に左右されない「本物の収集家」の存在だった。「景気が悪くても、毎月少しずつ穴銭を買い足していく常連さんがいました。高額品には手を出さず、寛永通宝の書体違いや鋳造地の差異を何年もかけてコレクションしている。ああいうお客さんに支えてもらった時期です」。

相場が戻り始めたのは2010年代に入ってから。金価格の上昇が慶長小判をはじめとする江戸金貨の地金価値を押し上げ、加えて欧米のオークションハウスが日本古銭セッションを充実させたことで、海外需要が流入してきた。「2015年以降は明らかに雰囲気が変わりました。海外の転売業者らしき方も来るようになって、値段を見ずに買う場面が増えた。円安が進んだ2022年以降は特にそれが顕著です」。

ただし田中氏は、この価格上昇を手放しには歓迎しない。「相場が上がると、偽物も増えます。偽物警報データベースを見ていただくと分かりますが、近年の模造品は精巧さが上がっている。特に江戸金貨を狙った偽物は注意が必要です」。30年の経験から、田中氏は相場の熱と偽造リスクが表裏一体であることを繰り返し強調した。

お客さんが変わった — デジタル世代と世代間継承

2020年代に入り、店に来るお客さんの層が大きく変わったと田中氏は言う。「コロナ禍の2020年から2021年にかけて、30代・40代の新規のお客さんが増えました。おそらく巣ごもりで歴史や投資に興味を持った方が多い。最初からスマホで相場を調べてきて、比較的高額の品でも即断する。昔とは全然違う入り方です」。

この世代の特徴として、田中氏は「情報収集力の高さ」と「体験への投資意欲」を挙げる。「ネットで価格相場を調べてきているから、値段で驚かせることができない。その代わり、歴史の話や真贋の見方を一から教えると、ものすごく食いついてくれる。知識に対して投資を惜しまない世代という印象です」。

一方で気になる点も話してくれた。それが「世代間継承の断絶」だ。「親御さんや祖父母が集めていた古銭を処分したいという相談が増えています。特に穴銭の大コレクションを遺産で引き継いだものの、価値も管理方法も分からないというケースが多い。コレクションが長年で途切れてしまうのは、業界としても残念なことです」。

田中氏は最近、常連客の遺族から相談を受けた際、単に買い取るだけでなく、コレクションの背景を書き残す「記録整理サービス」を提供し始めた。「お父さんが一枚一枚に込めた思いを、次の世代に伝えることも私たちの仕事だと思うようになりました。オークション落札記録と照合して、どの時代に何円で買ったかを調べると、その人の収集人生が見えてくる。それを残す価値は大きい」。

30年で見えた日本人と貨幣の関係 — 「お金を愛でる」という文化

30年間、日々古銭に触れ続けてきた田中氏に、「日本人と貨幣の関係」という大きな問いを投げかけてみた。

「日本人は世界でも珍しいほど、お金を美術品として扱う文化を持っていると思います。たとえば江戸時代の町人が大判・小判を床の間に飾るという習慣があった。お守り代わりに小判を持ち歩く人も多かった。貨幣はただの決済手段ではなく、財の象徴・縁起物・美術品という三つの顔を持っていた」。

この感覚は現代にも引き継がれているという。「お客さんの中に、慶長小判を購入した後『これは売らないで手元に置く』と決めている方が一定数います。金融商品としてのリターンを考えているのではなく、本物の歴史の重みを家に置いておきたいという感覚。これは外国人のコレクターに説明しても、なかなか伝わらない日本特有の感覚です」。

田中氏によれば、1601年に慶長金貨鋳造が始まって以来、日本人は400年以上にわたって貨幣を「信頼の塊」として扱ってきた。「後藤家の花押が小判に打たれているのは、単なる認証マークではない。『この一枚は国家が保証した』という約束の刻印なんです。その約束を信頼して、人々は商売し、旅をし、生活を営んだ。古銭を手に取るということは、その信頼の連鎖に触れることでもある」。

真贋判定についても独自の視点を持つ田中氏は、「まず本物に触れ続けること」を何より重視する。「鑑定の理論は真贋判定の考え方を読んでもらえれば分かる。でも、体で感じる本物の重みと質感は、文章では伝わらない。だから新人コレクターには『まず信頼できる店で本物を一枚買いなさい』と必ず言います」。

初心者へ — 焦らず、本物に触れ続けること

最後に、これから古銭収集を始めようとしている方へのメッセージを求めた。田中氏は少し考えてから、こう言った。

「一番大事なのは、焦らないことです。古銭は逃げません。市場に出てくるコレクションには30年・50年の時間が積み上がっています。自分も同じくらいの時間をかけて向き合えばいい」。

具体的な入り方として、田中氏が勧めるのは「小さく、安く、本物から始める」ことだ。「寛永通宝なら数百円から買えます。まず十枚、二十枚と手に取って、書体の違い・重みの違い・鋳造地の特徴を自分の手で感じる。それを積み重ねると、本物の感覚が体に入ってくる。その感覚があれば、高額品を扱う段階になっても偽物を掴む確率は格段に下がります」。

信頼できる販売先の探し方については、「古銭商・ディーラー一覧のような情報源を活用しながら、実際に店頭に足を運んでみること」を勧める。「オンラインだけで完結しようとしないでほしい。店主と話すことで、その人の知識量・誠実さが分かる。知識の質が高い店には、良い品が集まります。これは30年変わらない真実です」。

格付けについては、「グレーディングの基礎を一通り学んだうえで、初めてNGC・PCGSのスラブ品を見ると理解が深まる」と田中氏。「鑑定書は信頼の担保ですが、それ以上に大事なのは自分の目を鍛えること。スラブに頼りすぎず、自分でも判断できる目を育ててほしい」。

30年で延べ数万枚の古銭を手がけてきた田中氏が最後に残したのは、こんな一言だった。「古銭は必ず持つ人を選びます。知識と愛着のある人の手に渡ったコインは、また100年後も誰かに感動を与える。そういうコインを繋いでいく仕事に、私はこれからも誇りを持ち続けたいと思っています」。

まとめ

田中誠司氏の30年の証言は、古銭市場の「相場史」であるとともに、日本人が貨幣に向き合ってきた文化史でもある。バブルの熱狂・デフレの静寂・デジタル世代の台頭を経ても、本物に触れ続けることの価値は変わらないという確信が、30年間のアメ横の店頭から滲み出ていた。「焦らず、本物に触れ続けること」——このシンプルな言葉は、古銭収集のすべての答えを含んでいるかもしれない。

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