
万延二分判金 — 幕末経済危機が生んだ超軽量金貨の悲劇
金純度22.97%、量目3.0g。金流出を止めるための苦肉策が招いた信用崩壊
対象貨幣: 万延二分判金
概要
安政7年(1860年)10月、江戸幕府は突然の大改鋳を断行した。その対象は小判だけではなかった。二分判金もまた、金純度56.77%から22.97%へと劇的に低下させられ、量目も3.75gから3.00gへと削減された。これが万延二分判金である。なぜこのような極端な改鋳が強行されたのか。答えは、幕末日本を襲った金銀比価の歪みにある。開国によって流入した西洋との金銀交換レートの差が、日本の金を急速に海外へ流出させていたのだ。この危機を前に、幕府の勘定奉行たちが選択したのは、金含有量を極限まで削減することで、金貨の国外流出を防ごうという戦略であった。しかし、この「苦肉の策」は、かえって国内経済に混乱をもたらし、小判の種類と相場と同様に、庶民の信用を大きく損なうことになる。わずか9年間の短命に終わった万延二分判金は、幕末という激動の時代が、日本経済にいかに深刻な打撃を与えたかを、その存在そのもので物語っているのである。



