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一点堂
ITTENDO

慶長丁銀

Keichō Chōgin ・ 別称: 慶長銀

系列
丁銀(秤量銀貨)
額面
額面なし(秤量貨幣)
時期
慶長6年(1601年)鋳造開始

更新: 2026-09-02

規格

項目種別出典
品位(図録)80% / 1601年図録の値[1]
量目定めなし(秤量貨幣)史料の記載[3]

事実貨幣博物館 常設展示図録の記載は銀品位 80%(丸め値)・1601年。[1]

事実丁銀は額面を持たず、取引のたびに重さを量って用いる。日本貨幣史は、後の明和五匁銀を「定量の銀貨単位の計数貨幣」として導入した経緯を記しており、丁銀はこれと対をなす秤量銀貨である。[3]

実物の識別

解釈極印の種類・配置(「常是」印・大黒像など)は、本記録が参照する一次資料の本文からはまだ確認できていない。現物写真に基づく識別情報は、出所を確認した図版の追加とあわせて拡充する。

歴史的文脈と品位系譜

事実銀貨の製造は銀座が担い、大黒常是は徳川家康に抜擢されて銀貨の製造にあたり、その後、銀座の銀吹極・銀改役として代々銀貨の製造にあたった(図録)。[1]

事実品位は慶長 80% から元禄 64%、宝永期の二ツ宝 50%・永字 40%・三ツ宝 32%・四ツ宝 20% へと引き下げられ、正徳の改鋳(1714年)で 80% に復した。[1],[2]

事実最初の慶長丁銀と最後の安政丁銀を比べると、同じ重さに含まれる銀の量は約 6 分の 1 に減少した(図録)。[1]

製法

解釈鋳放し・槌目仕上げ等の具体的工程は、本記録が参照する一次資料の本文からは確認できていないため記載しない。推測で工程を補完しない。

真贋上の注意

解釈秤量貨幣であるため個体差が大きく、単独の特徴で真贋を断定できる手掛かりは知られていない。第三者鑑定機関のグレードは状態評価であり、歴史的帰属の証明ではない。

未解決の研究論点

解釈極印の分類・量目分布・鋳造高は、参照資料からは確認できていない。確認でき次第、出典つきで追記する。

落札記録

この貨種と確認できた落札記録はまだありません。同じ種類全体の相場中央値をこの貨種の価格として示すことはしません。確認でき次第、オークションハウス・開催・日付・ロット・グレード・落札価格(手数料込/抜)・出典 URL・確認日を添えてここに掲載します。

参照資料

  1. [1]貨幣博物館 常設展示図録(江戸の銀貨・丁銀)(日本銀行金融研究所 貨幣博物館)https://www.imes.boj.or.jp/cm/collection/tenjizuroku/mod/book/pageindices/index49.html参照日: 2026-09-02
  2. [2]貨幣博物館 常設展示図録(江戸の銀貨・後期丁銀)(日本銀行金融研究所 貨幣博物館)https://www.imes.boj.or.jp/cm/collection/tenjizuroku/mod/book/pageindices/index50.html参照日: 2026-09-02
  3. [3]日本貨幣史(本文)(日本銀行金融研究所 貨幣博物館)https://www.imes.boj.or.jp/cm/history/content/index.html参照日: 2026-09-02