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title: "戦時錫10銭貨 — 昭和19年、錫に刻まれた日本の敗色"
url: "https://ittendo.com/story/senji-10sen-tin"
site: "一点堂 ITTENDO"
type: "story"
coin: "戦時錫10銭貨（昭和19年）"
category: "戦時貨幣"
published: "2026-05-17T08:00:16.067Z"
updated: "2026-05-20T12:00:00.000Z"
lang: "ja"
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# 戦時錫10銭貨 — 昭和19年、錫に刻まれた日本の敗色

> 銅もニッケルも武器になった時代、錫10銭貨が語る戦時経済の断末魔

## 諸元

| 項目 | 内容 |
|---|---|
| denomination | 10銭 |
| period | 昭和19年〜昭和20年（1944年〜1945年） |
| metal | 錫（スズ：Sn） |
| weight | 1.5g |
| size | 直径22mm |
| mintage | 不詳（諸説あり） |
| designer | 不詳 |
| market | 並品：300円〜1,000円 / 美品：2,000円〜5,000円 / 未使用品：数万円（状態による） |

## 概要

戦時錫10銭貨は、昭和19年（1944年）から昭和20年（1945年）にかけて日本で鋳造された、錫（スズ）を素材とする極めて特異な貨幣である。太平洋戦争（昭和16年・1941年〜昭和20年・1945年）の激化に伴い、銅・ニッケルなどの金属が軍需優先となり、昭和16年（1941年）の「金属回収令」以降、貨幣用の金属確保が年々困難になった。その苦肉の策として選ばれたのが、融点231.9°Cの軟金属・錫だった。

重量わずか1.5g、直径22mm。昭和9年（1934年）以来続いた銅・ニッケル系の10銭貨と比べると、手に持った瞬間のあまりの軽さに驚く。錫は柔らかく腐食しやすいため、流通中に表面が白く変色したり傷がつきやすく、現存する美品は少ない。[近代日本の貨幣史](/coinpedia/kindai-001-overview)および[明治以降の硬貨の変遷](/coinpedia/kindai-002-meiji-coins)で、この貨幣が位置する歴史的文脈を確認できる。昭和21年（1946年）の新円切換で廃貨となり、その短命な生涯を終えた。[古銭グレーディングの基準](/guide/grading)を参考に状態を評価することが購入の第一歩だ。

## 第1章 金属回収令と貨幣素材の変遷 — 昭和16年から昭和19年へ

昭和9年（1934年）以前、日本の10銭貨はニッケル（100%）で作られていた。昭和13年（1938年）には日中戦争の激化でニッケルが軍需優先となり、アルミニウム10銭貨が登場した。さらに昭和16年（1941年）12月の太平洋戦争開戦と前後して、政府は「金属回収令」（昭和16年・1941年）を発布。銅・ニッケル・鉛など軍需に必要な金属を民間から回収し、兵器製造に充てる政策を強力に推進した。

この金属回収令は、国民の日常生活に深刻な影響をもたらした。家庭の鍋・釜・仏具・寺の梵鐘——金属製品であれば何でも回収の対象となった。昭和18年（1943年）には、各地の寺院から貴重な歴史的梵鐘が次々と「供出」され、その喪失は戦後も悲劇として語り継がれた。貨幣用金属の確保もこの流れの中にあり、昭和18年（1943年）頃には銅・アルミ合金の10銭貨も生産量が激減していった。

昭和19年（1944年）、遂に政府は「錫10銭貨」の鋳造を決定した。錫（スズ、元素記号Sn）は融点231.9°Cと低く、加工が比較的容易な金属だ。硬さは銅の約3分の1程度で、柔らかく変形しやすい。比重は7.3で、同じサイズの銅製品（比重8.9）より軽くなる。この「軽さ」こそが錫10銭貨の最大の特徴であり、手に持ったときの「薄っぺらな」感触は、銅製の硬貨とは全く異なる印象を与えた。

錫の産地は当時の日本の南方占領地（現在のマレーシア・インドネシア方面）に集中していた。戦争が進む中で占領地から錫を確保し、本土に送って貨幣を鋳造するという流れが作られた。しかし、昭和19年（1944年）時点ではすでに制海権が脅かされており、物資輸送自体が困難になりつつあった。その中で鋳造された錫10銭貨は、まさに「戦争末期の産物」だった。[近代日本の貨幣史](/coinpedia/kindai-001-overview)でこの時代の全体像を把握できる。

## 第2章 錫という素材の性質と貨幣への影響

錫という金属の物理的性質は、貨幣素材として多くの問題を抱えていた。まず最大の課題は「柔らかさ」だ。錫の硬さ（モース硬度）は約1.5で、銅（約3.0）の半分程度しかない。日常的な流通の中で貨幣が財布の中で他の硬貨と擦れたり、地面に落ちたりするだけで、表面が傷つき摩耗しやすかった。

次に「錫疫（すずえき）」と呼ばれる問題がある。錫は通常の温度では安定しているが、マイナス13°C以下の低温に長期間晒されると、結晶構造が変化して「灰色錫」に変態し、物理的に崩壊する現象が起きる（錫疫・Tin Pest）。昭和19年（1944年）〜昭和20年（1945年）という発行時期は、日本本土が終戦に向かう激動の時期であり、戦後の混乱の中で低温環境に放置された錫10銭貨が錫疫に至った事例があったとも推測される（詳細は研究中）。

腐食のしやすさも問題だった。錫は空気中の酸素と反応して表面が酸化し、白く曇る「錫銹（すずさび）」が発生する。この錫銹は銅の緑青（パティナ）とは異なり、美観を損ない、文字や図案が不鮮明になりやすかった。保存状態が悪い錫10銭貨の表面が白濁して原型を留めないのは、この酸化が原因だ。

昭和19年（1944年）〜昭和20年（1945年）の流通期間中、庶民にとって錫10銭貨は「お金としての機能はするが、使いにくい」硬貨だった。重さが銅の硬貨より明らかに軽く（1.5g）、財布の中で存在感がなかった。また、表面が傷つきやすく、図案が早期に摩耗した。それでも、銅銭も銀貨もない時代にあって、錫の10銭貨は確かな法定通貨として流通し、日本経済の最末期を支えたのである。[明治以降の硬貨の変遷](/coinpedia/kindai-002-meiji-coins)で、戦前・戦中の貨幣素材変遷の詳細を確認できる。

戦時下の日本では、錫の後にさらに過激な代替案も検討されていた。「陶器製貨幣」の試作品も造幣局で作られたが、実際には流通しなかった。錫10銭貨は、実際に流通した最後の「非常素材」貨幣として、日本の貨幣史に独自の位置を占めている。

## 第3章 昭和20年の敗戦と廃貨 — 錫10銭貨の最期

昭和20年（1945年）8月15日、昭和天皇の玉音放送により日本の敗戦が国民に告げられた。太平洋戦争（昭和16年〜昭和20年）は終結し、GHQ（連合国最高司令官総司令部）による占領統治が始まった。この政治的大転換は、日本の貨幣制度にも直ちに影響を与えた。

昭和21年（1946年）2月、日本政府はGHQの指示のもと「新円切換」を実施した。これは、旧来の円紙幣・硬貨を新しい円に切り替えるもので、インフレーション抑制と経済再建を目的としていた。個人が保有できる現金は引き出し制限が設けられ、旧紙幣・旧硬貨は期限内に金融機関で新円に交換することが求められた。

錫10銭貨を含む旧来の硬貨は、この新円切換によって法定通貨としての地位を失った。昭和21年（1946年）3月以降は使用禁止となり、名実ともに「廃貨」となった。発行開始から廃貨までわずか1〜2年という極めて短い命だった。

敗戦後の混乱期、錫10銭貨を「廃品金属」として回収する動きもあった。錫は工業用途がある金属だったため、民間の回収業者が旧硬貨を買い集め、溶かして再利用するケースがあったとされる。これが、現在の古銭市場での錫10銭貨の流通量が限られている要因の一つと考えられる。

昭和21年（1946年）以降の日本では、新しい円の体系が整備されていった。昭和23年（1948年）には5銭・10銭の小額硬貨が廃止され、インフレの中で小額貨幣の役割は急速に縮小した。昭和28年（1953年）の通貨改革でほぼ現在の硬貨体系の原型が形成され、錫10銭貨の時代は完全に過去のものとなった。[近代日本の貨幣史](/coinpedia/kindai-001-overview)でこの戦後再建の流れが把握できる。

錫10銭貨が流通した昭和19年（1944年）から昭和20年（1945年）の日本は、戦時体制の最末期だった。空襲が始まり、食糧も物資も不足し、人々が辛うじて日常生活を維持しようとしていた時代。その時代のお金として、この軽い錫の小さな円盤が確かに人々の掌を渡っていたのだ。[古銭オークションの基礎知識](/coinpedia/basics-007-auction)で現代での取引方法を確認しよう。

## 第4章 収集市場での評価 — 戦時の証人を手に入れる

現代の古銭市場において、戦時錫10銭貨の評価は状態によって大きく異なる。並品（摩耗・腐食が見られるもの）は300円から1,000円程度。美品（字体が鮮明で腐食が少ないもの）は2,000円から5,000円。未使用品に近いものは数万円の評価を受けることもある。発行枚数や流通量の詳細な記録は残されていないが、敗戦後の混乱や錫の腐食・劣化により現存品は限られており、特に状態の良いものの入手は難しい。

錫10銭貨の鑑定において最も重要な点は「素材の特定」だ。見た目は銀白色で、手に持つと他の硬貨より明らかに軽い（1.5g）。表面は銅銭や白銅銭と比べて光沢が鈍く、傷がつきやすい。本物の錫貨は磁石に反応しない（錫は非磁性）。これらの特徴を理解した上で、[古銭グレーディングの基準](/guide/grading)に照らして状態を評価する。

錫10銭貨が持つ最大の価値は、経済的な稀少性だけでなく「歴史的証言性」にある。昭和16年（1941年）から昭和20年（1945年）の太平洋戦争期、日本が金属資源を使い果たしていく過程を、一枚の貨幣が物語っている。金属回収令（昭和16年）から錫採用（昭和19年）、そして敗戦・廃貨（昭和20年〜21年）という流れを体現する歴史的遺物として、単なる古銭コレクションを超えた意義を持つ。

戦時貨幣を専門に収集するコレクターにとって、錫10銭貨はコレクションの「最終章」を飾る存在だ。昭和9年（1934年）のニッケル10銭貨から始まり、昭和13年（1938年）のアルミ10銭貨、そして昭和19年（1944年）の錫10銭貨へ——素材が次第に変化していく過程を通じて、戦争が日本の経済と社会に与えた影響を視覚的に理解できる。

[市場インデックスで相場を確認](/market/index)しながら、信頼できるルートでの取得を推奨する。戦時貨幣には偽造品や「洗浄品」（表面を化学処理して錆を落としたもの）も存在するため、未処理の自然な状態のものを選ぶことが重要だ。一枚の錫の小さな円盤の中に、昭和19年（1944年）という日本の歴史の一瞬が凝縮されている。

## 価値と希少性

戦時錫10銭貨は、昭和19年（1944年）という特殊な時代的背景と、錫という素材の物理的弱さ（腐食・変形しやすい）から、良品の現存数が限られる。状態による価格差が大きく、並品（腐食・摩耗あり）は300円〜1,000円、美品（字体鮮明・腐食少）は2,000円〜5,000円、未使用品は数万円の評価を受けることもある。

錫は経年劣化が進みやすく、保存状態の悪いものは表面が白く腐食して文字が判読不能になる。そのため、字体が鮮明で腐食の少ない美品の希少性は高い。[古銭グレーディングの基準](/guide/grading)を学んで、状態評価の精度を高めることが適正価格での取引への第一歩だ。

投資的観点よりも「歴史的証言」としての価値が高い貨幣であり、太平洋戦争（昭和16年〜20年）の経済史・物資不足の実態を伝えるコレクション素材として、歴史愛好家・戦時研究者にも注目されている。[古銭オークションの基礎知識](/coinpedia/basics-007-auction)を活用し、信頼できる出品者からの購入が安全だ。[市場インデックス](/market/index)で現在の相場も把握しよう。

## 結び

戦時錫10銭貨は、昭和19年（1944年）という日本の戦時体制最末期に、金属資源の枯渇という極限状況の中で生み出された貨幣だ。昭和16年（1941年）の金属回収令以降、銅もニッケルも武器に変わっていった時代の末路として、錫という軟弱な金属が選ばれた。重さ1.5g、直径22mm——あまりにも軽く、あまりにも頼りないこの銭が、昭和20年（1945年）の敗戦まで確かに日本の経済を支えた。昭和21年（1946年）の新円切換で廃貨となった後も、この銀白色の小さな円盤は、戦争が日本社会に刻んだ傷の一つとして、今も語り続けている。
