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title: "Mexican Dollar Circulation in Late Edo Japan — The Opening of Ports and the Upheaval of the Monetary System"
url: "https://ittendo.com/en/story/mexico-dollar-japan"
site: "ITTENDO"
type: "story"
coin: "メキシコドルの幕末流通"
category: "江戸銀貨"
published: "2026-08-24T08:03:03.998Z"
updated: "2026-08-24T08:03:03.998Z"
lang: "en"
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# Mexican Dollar Circulation in Late Edo Japan — The Opening of Ports and the Upheaval of the Monetary System

> The Economic Turmoil and Reform Brought About by Mexican Silver Coins Flowing into Late Edo Japan

## 諸元

| 項目 | 内容 |
|---|---|
| denomination | メキシコドル |
| period | 安政5年〜明治4年（1858-1871年） |
| metal | 銀（約92%） |
| weight | 27g |
| size | 直径約38mm |
| mintage | 不詳（諸説あり） |
| designer | スペイン植民地当局 |
| market | 150,000円〜500,000円（状態による） |

## 概要

幕末の日本、安政5年（1858年）に開港し、外国との交易が次第に活発化していく中で、一つの銀貨が日本の貨幣制度を大きく揺るがします。それがメキシコドルです。スペイン植民地で鋳造されたこの銀貨は、その高い銀純度と重さで日本市場に大きな影響を与えました。特に日本の一分銀4枚がメキシコドル1枚に相当するという公定レートが、国内の金流出を招く結果となりました。欧米の商人たちはこのレート差を利用して、金銀裁定取引を大規模に展開し、日本経済を揺るがしました。やがて明治4年（1871年）、日本政府は[新貨条例](/coinpedia/kindai-001-overview)を制定し、メキシコドルの流通を制限しましたが、その影響は長く尾を引きました。開港による経済の変革と、貨幣制度の激動をもたらしたこの銀貨は、今もコレクターの間で高い価値を持っています。

## 幕末開港とメキシコドルの流入 — 経済の変革

1858年、江戸幕府は日米修好通商条約を結び、日本は開国の道を歩み始めました。この年は安政5年、ペリー来航の影響もあり、外国との通商が急速に拡大しました。特に注目すべきは、スペイン植民地で鋳造されたメキシコドル銀貨の流入です。幕府は外国との貿易を円滑に行うために、メキシコドルを公定レートで日本の貨幣と交換することを決定しました。日本の一分銀4枚がメキシコドル1枚に相当するというレートは、当時の日本国内で使用されていた金貨と銀貨の価値を揺るがしました。このレートに基づく交換は、日本の金の大量流出を招き、経済に深刻な影響を与えました。幕末のこの時期、徳川家定は将軍として政権を担っていましたが、政治的混乱の中で経済政策を大きく変えることはできませんでした。ペリー提督が最初に日本に来航したのは1853年で、その後の数年間で日本の港は開かれ、[江戸銀貨](/coinpedia/edo-silver-001-overview)の価値が変動することとなりました。メキシコドルの流入は、国内の貨幣制度に大きな混乱をもたらし、幕府の財政基盤を脅かしました。

## メキシコドルの鋳造とその背景 — 銀貨の技術と歴史

メキシコドルの起源は、スペイン植民地時代のメキシコに遡ります。16世紀後半、メキシコの豊富な銀鉱山を背景に、スペイン本国は新大陸での銀貨鋳造を推進しました。メキシコシティの造幣局で鋳造されたこの銀貨は、直径約38mm、重量約27gで、高い銀純度（約92%）を誇ります。この高品位の銀貨は、アジア貿易においても非常に重要な役割を果たしました。幕末の日本において、このメキシコドルは銀貨としての価値だけでなく、その[鋳造技術](/coinpedia/kindai-001-overview)も注目されました。江戸時代の日本では、貨幣の製造技術はまだ限られており、メキシコドルの鋳造技術は非常に先進的とされました。当時の日本には、金座や銀座といった貨幣を鋳造する機関があり、これらは主に金銀の配合やデザインに関与していましたが、メキシコドルのように大量生産される銀貨は存在していませんでした。スペイン植民地の影響を受けたこの銀貨は、その高い品質と国際的な通用性から、日本の市場で急速に浸透していきました。

安政5年（1858年）に日米修好通商条約をはじめとする安政五カ国条約が締結され、横浜・長崎・箱館などの港が開かれると、メキシコドル（墨銀）の流入量は急激に増大しました。当時の幕府が定めた公定レートでは一分銀4枚をメキシコドル1枚と交換する取り決めとなっていましたが、一分銀の銀含有量はメキシコドルの純銀約27gを大きく下回っていたため、欧米商人はこのレート差を巧みに利用しました。具体的には、開港場でメキシコドルを一分銀に両替し、その一分銀で日本国内の金貨（小判）を購入して海外へ持ち出すという大規模な金銀裁定取引が横行し、国内の金貨が急速に流出する事態を招きました。この問題は幕府財政を深刻に圧迫し、諸説ありますが数百万両規模の金が海外へ流出したとも指摘されています。明治政府はこうした混乱を収束させるべく、明治4年（1871年）に新貨条例を公布し、円を基本単位とする新たな貨幣制度を整備することでメキシコドルの国内流通を制限し、墨銀時代に終止符を打ちました。

## メキシコドルの流通と経済的影響 — 幕末の日本市場

幕末の日本市場では、メキシコドルが急速に流通し始めました。安政5年（1858年）に日米修好通商条約をはじめとする安政五カ国条約が締結され、横浜・長崎・箱館などの港が開かれると、開港による貿易の拡大に伴い、この銀貨は外国商人によって日本に持ち込まれました。メキシコドル（墨銀）は純銀約27グラムを含む高品位銀貨であり、その高い銀純度と重さから、メキシコドルは非常に価値のある貨幣として受け入れられ、国内外の商取引において活発に使用されました。しかし、この流通は経済に混乱をもたらしました。特に、日本の一分銀とメキシコドルの交換レートが固定されていたことが問題となりました。国内での一分銀4枚がメキシコドル1枚に相当するというレートは、実際の市場価値とは大きく異なっていました。当時の一分銀は純銀含有量がメキシコドルを大きく下回っており、この品位差こそが裁定取引の温床となりました。このため、欧米の商人たちはこのレート差を利用して、金銀の裁定取引を大規模に展開しました。具体的には、メキシコドルを一分銀に両替し、一分銀を小判と交換することで、割安に金を入手するという手法が横浜を中心に横行しました。この結果、日本国内から大量の金が流出し、幕府の財政は圧迫されました。一般の庶民にとっても、物価の変動や貨幣価値の不安定さが生活に影響を及ぼしました。市場では、メキシコドルを含む外国貨幣の受け入れに対する慎重な姿勢が見られ、その信頼性と価値に対する疑問が投げかけられました。こうした混乱を受け、明治政府は明治4年（1871年）に新貨条例を制定し、円を基本単位とする新たな貨幣制度を整備することでメキシコドルの国内流通を制限し、約13年にわたった墨銀の時代に終止符を打ちました。

## 新貨条例とメキシコドルの終焉 — 経済の再編とその影響

明治4年（1871年）、日本政府は新しい貨幣制度を確立するために新貨条例を制定しました。大蔵卿・大隈重信らが主導したこの条例は、円・銭・厘の十進法体系を採用し、金本位制を基軸に据えるものでした。これは、メキシコドルのような外国貨幣の流通を制限し、日本独自の貨幣制度を強化するためのものでした。この新制度では、円を基軸とした貨幣制度が導入され、これによりメキシコドルの流通は次第に減少しました。

そもそも安政5年（1858年）の開港以来、純銀約27グラムを含むメキシコドル（墨銀）は、品位の低い一分銀4枚と等価とする公定レートで流通していました。この不均衡を利用した欧米商人による金銀裁定取引が横行し、大量の金貨が国外へ流出するという深刻な事態を招いていました。新貨条例の制定は、幕末から続くこうした経済的混乱を収束させるための重要なステップでした。政府は金貨や銀貨などの新しい貨幣を発行し、国内の貨幣流通を統一することを目指しました。新貨幣の鋳造は大阪造幣寮（現・造幣局）が担い、同年3月に業務を開始しています。この過程で、メキシコドルはその役割を終え、歴史の舞台から姿を消すこととなりました。

しかし、その影響は長く尾を引きました。新しい貨幣制度が定着するまでの間、国内では旧貨幣との交換に関する混乱や不正が発生しました。特に農村部では、新しい貨幣への不安や不信感が根強く、旧来の貨幣を使用し続けるケースも見られました。こうした経済の再編は、日本が近代国家としての歩みを進める上で避けて通れない試練でした。

## 価値と希少性

メキシコドルはその歴史的背景から、コレクターにとって非常に魅力的な銀貨です。その高い銀純度と幕末の日本市場での影響力から、現代でも高い価値を持っています。市場では保存状態や鋳造年によって異なりますが、150,000円から500,000円程度の価格で取引されることが一般的です。特に[江戸銀貨](/coinpedia/edo-silver-001-overview)や他の時代の銀貨と比較しても、その価値は際立っています。メキシコドルは、幕末の日本における国際貿易の象徴であり、当時の経済的混乱を物語る貴重な証拠といえるでしょう。コレクターにとって、メキシコドルはその歴史的意義から非常に希少価値が高く、入手することが困難な貨幣の一つです。

**関連ガイド:** [丁銀・豆板銀の詳細](/coinpedia/edo-silver-002-chogin)

## 結び

メキシコドルの幕末流通は、日本の貨幣制度と経済に大きな影響を与えました。開港に伴い、国際貿易が拡大する中で、メキシコドルはその高い銀純度と重さで市場に浸透し、国内の金流出を引き起こしました。この貨幣制度の混乱は、新貨条例による改革へとつながり、日本が近代国家としての歩みを進めるための重要な試練となりました。メキシコドルは、今ではその歴史的背景からコレクターにとって非常に価値のある銀貨として認識されています。幕末という激動の時代を象徴するこの銀貨は、日本の貨幣史において重要な役割を果たしたことを忘れてはならないでしょう。
